精密発酵でつくった食品成分は、日本の制度でどう扱われるのか——制度は「精密発酵」ではなく、何を作り、何が残るかで分かれる
日本の制度に「精密発酵」という区分はありません。遺伝子組換え微生物を使う場合は、添加物か食品か、組換え体が残るか、タンパク質かどうかで、安全性審査の道筋が分かれます。食品安全委員会の指針・評価基準・評価書と、食品衛生法の定義から、制度で読み取れる部分と、資料からは確認できない部分を分けて整理します。
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微生物に、これまで動物や植物から取っていた成分を作らせる「精密発酵」。日本で売るには、どの制度を通ればよいのでしょうか。調べてみると、日本の制度には「精密発酵」という区分がありません。代わりに、作る成分が何か、組換え体が最終製品に残るか、添加物として扱うか食品として扱うかによって、審査の道筋が分かれます。この記事では、公表されている指針や評価書から、制度で読み取れる部分と、資料からは確認できない部分を分けて示します。個別の製品の可否を判断するものではありません。
制度に「精密発酵」という区分はない
精密発酵は、遺伝子を組み込んだ微生物に、乳のタンパク質や色素などを発酵で作らせる技術を指す言葉です。技術の呼び名で、法律上の定義ではありません。
食品衛生法が使う分類は、もっと単純です。第4条は、食品を「全ての飲食物」と定め、添加物を、食品の製造の過程で、または加工や保存の目的で、食品に加えたり混ぜたりして使う物と定めています。
食品安全委員会の「遺伝子組換え微生物を利用して製造された添加物に関する食品健康影響評価指針」(以下、添加物の指針)、「遺伝子組換え食品(微生物)の安全性評価基準」(以下、食品の評価基準)、技術的文書、後述する評価書を読みましたが、「精密発酵」という語は出てきませんでした。食品衛生法の全文を検索したわけではないため、「確認した範囲では」という限定つきの整理です。
では、何で分かれるのか。ここから、4つの分かれ道に沿って見ていきます。
分かれ道1:組換えDNA技術を使うか
消費者庁は、組換えDNA技術を応用した食品や添加物(いわゆる遺伝子組換え食品等)について、販売の前に安全性審査を受けることを求めています。審査を受けていないものの製造、輸入、販売は、食品衛生法に基づいて禁止されています。根拠は、厚生省告示第233号「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」などです。消費者庁が、食品安全委員会の意見を聞いたうえで、総合的に審査します。
したがって、微生物に外から遺伝子を入れて成分を作らせる、典型的な精密発酵は、この審査の対象になりえます。
ただし、対象にならない場合も、指針と評価基準に書かれています。原則として、組換え技術で最終的に宿主に入れたDNAが、同じ種の微生物のDNAだけである場合や、同等の遺伝子構成を持つ生きた細胞が自然界にある場合は、含めないとされています。ただし、人の健康への影響が明らかでないと判断されれば、検討するとされています。
これは、bioeconomy.jpの読み方ですが、動物の遺伝子を酵母などに入れて作るタイプは、別の種のDNAを入れるため、この除外には当たらないと考えられます。ゲノム編集技術を使う場合は、別の整理になります。ゲノム編集食品の扱いは、ゲノム編集食品と遺伝子組換え食品は、何が違う?で説明しています。
なお、食品衛生法第7条には、これまで一般に飲食されたことがなく、人の健康を損なうおそれがないという確証がないものが新しく食品として売られた場合に、厚生労働大臣が販売を禁止できるという定めがあります。これは、事前に認可を受ける制度ではなく、問題があったときに禁止する仕組みです。組換えDNA技術を使う場合の安全性審査とは、別の話です。
分かれ道2:添加物か、食品か
審査を受けるとき、評価の物差しは2つあります。
添加物の指針(2004年策定、2024年6月に一部改正)。 遺伝子組換え微生物を使って作った添加物のための指針です。対象は、食品衛生法で認められている添加物の範囲内のものです。組換え体そのものを食べるのではなく、最終産物としての添加物を評価するのが適切だ、という考え方に立っています。そして、精製の程度、使い方、食品に残るかどうかを考えて、製品ごとに評価するとしています。
食品の評価基準(2008年)。 遺伝子組換え微生物を使って製造された食品のための基準です。評価は、従来の食品と比べて行います。確認する項目は、従来食品の利用の歴史と製造方法、製造方法の違い、主要な栄養素の変化、製造に由来する成分、外国での認可の状況などです。
どちらの物差しを使うかは、その成分を添加物として扱うか、食品として扱うかによって変わります。今回確認した資料には、「精密発酵のタンパク質は食品である」「添加物である」といった判断を示す規定は、ありませんでした。成分ごとの扱いは、資料からは決められません。
分かれ道3:組換え体が最終製品に残るか
次の分かれ道は、遺伝子を組み込んだ微生物が、最終製品に残るかどうかです。
添加物の指針は、製造に使った組換え体が残る場合は、食品の評価基準も同時に満たす必要があると定めています。なお、2008年の食品の評価基準には、旧版の添加物の基準の適用範囲は組換え体が除去された場合に限られ、残る添加物には食品の評価基準の第2章と第3章を準用する、という記述があります。
食品の評価基準自体も、2つに分かれます。
- 生きた組換え体を含まない食品(第3章Ⅰ):製造に由来する成分や、新たなアレルギー誘発物質の有無などを確認します。
- 生きた組換え体を含む食品(第3章Ⅱ):それに加えて、ヒトの消化管での生存や定着、遺伝子の伝達、腸内フローラや免疫系への影響など、確認する項目が増えます。
精密発酵では、発酵のあとに菌体を取り除いて成分を精製するのが一般的です。菌体が残らないことを示せるかどうかが、道筋を左右します。
分かれ道4:非タンパク質で高度に精製されているか
添加物の指針には、別添として、簡易な確認の考え方があります。アミノ酸のように、最終産物が高度に精製された非タンパク質性の添加物について、次の3つをすべて満たす場合に、原則として安全性が確認されたと判断するものです。
- 精製度が、例えば、食品衛生法の規格基準(昭和34年厚生省告示第370号)で添加物として指定されているアミノ酸、ヌクレオチド、ビタミン、単糖類などの成分規格を満たすこと。
- タンパク質が検出されないこと(検出限界は原則として1マイクログラム/g未満)。
- 従来の添加物に比べて、既存の非有効成分が安全上問題になるほど増えておらず、有害性が示唆される新たな非有効成分を含まないこと。それ以外の場合は、非有効成分について安全性に問題がないと判断できる合理的な理由があること。
条件の2つ目が、「タンパク質が検出されないこと」です。そのため、この近道は、タンパク質を作る場合には使えません。
タンパク質の場合の考え方も、指針本文に書かれています。酵素のような高分子の添加物は、食品を作る工程で変性して働きを失ったり、最終的に除かれたりすることが多いと、指針は述べています。そのうえで、精製の程度、使い方、食品に残るかどうかを考えて、ケースバイケースで評価するとしています。製造に由来する新しいタンパク質が最終製品から除かれない場合は、そのタンパク質の毒性やアレルギー誘発性も確認するとされています。
実際の評価例:L-エルゴチオネインと酵素
制度が実際にどう使われているかは、公表されている評価例で確認できます。
L-エルゴチオネイン(2026年3月5日に評価結果を通知)。 長瀬産業が申請した、DN-E4株(大腸菌K-12株の派生株)を使って生産したL-エルゴチオネインです。用途は栄養補助食品です。L-エルゴチオネインは、きのこなどに含まれるアミノ酸の一種で、タンパク質ではありません。
- 2025年12月10日に、消費者庁(内閣総理大臣)が食品安全委員会に評価を要請し、専門調査会での審議を経て、2026年3月5日に結果が通知されました。
- 製造の過程で、生産菌が除去され、結晶化により高度に精製されています。タンパク質は定量下限(1マイクログラム/g)未満でした。
- 評価では、これを「食品」として、従来の食品との比較で安全性を見る考え方を採り、そのうえで、添加物の指針の別添(前節の簡易な考え方)を準用しました。
- 比較の対象は、きのこの抽出物として国内で流通している従来品と、欧米で流通する化学合成品です。
- 結論は、改めて食品の評価基準で評価する必要はなく、使用形態が現行と同等である場合に限り、従来食品と同等の安全性が確認されたというものです。
- 食品安全委員会は、この評価が、リスクが従来食品に比べて増えないことを確認したものだと述べ、製品規格を守ることと、健康被害の事例を集めることについて、事業者を指導するようリスク管理機関に求めています。
酵素(タンパク質性の添加物)。 2025年11月28日、消費者庁は、NGX株を利用して生産されたキシラナーゼ(申請者:ダニスコジャパン)が、安全性審査を経たことを公表しました。事務連絡は、食品(除草剤耐性のテンサイ)と添加物の品目を並べて載せており、酵素のキシラナーゼは、添加物の品目として読めます(品目名からのbioeconomy.jpの整理です)。キシラナーゼは酵素で、タンパク質です。厚生労働省も、検疫所向けに同じ内容を連絡しています。タンパク質性の成分でも、添加物としては、審査を経た例があることが分かります。
bioeconomy.jpの分析。 この2つの例は、制度が機能している様子を示しています。ただし、どちらも、精密発酵で食品に使う動物由来タンパク質(乳や卵のタンパク質)の例ではありません。L-エルゴチオネインは非タンパク質で、比較できる従来品がありました(なお、確認できたのは評価書(案)の本文と詳細ページで、確定版の本文は未確認です)。酵素は、多くの場合、食品の製造の途中で使われ、最終的に除かれたり、働きを失ったりします。
確認できなかったこと、解釈が要る部分
次の点は、今回確認した公表資料の範囲では分かりませんでした。「ない」という意味ではなく、「確認できていない」という意味です。
- 乳タンパク質や卵白タンパク質のような、食品として使うタンパク質成分を、精密発酵で作った事例の審査。 食品安全委員会の評価書、消費者庁の公表、厚生労働省の連絡のうち、確認できた範囲には、見つかりませんでした。評価書の一覧を網羅的に調べたわけではありません。
- 日本国内で、精密発酵で作ったタンパク質成分の食品が販売されている事例。 見つかっていません。
- その場合に、添加物と食品のどちらの道筋になるか。 前述のとおり、資料には、規定がありません。
解釈が必要な部分もあります。食品の評価基準は、評価を、従来食品との比較で行います。乳のタンパク質と同じ構造のタンパク質を微生物に作らせた場合、何を従来食品として比べ、同等かどうかをどう判断するのか。その考え方は、今回読んだ文書には、具体的には書かれていません。L-エルゴチオネインでは、きのこ抽出品と化学合成品という比較対象があったため、手順が見えやすかったと読めます。これは、bioeconomy.jpの解釈です。
細胞培養食品(培養肉など)は、別の議論です。消費者庁の新開発食品調査部会が、細胞培養食品(仮称)のガイドライン骨子案を議論しており、この記事の組換え微生物の枠組みとは別です。培養肉については、培養肉は日本でいつ食べられるようになるのかをご覧ください。精密発酵と培養肉の商業化の違いは、食品の精密発酵と培養肉、同じ「バイオものづくり」でも商業化の壁が違うで説明しています。
事業を考える側が確認したいこと
制度資料から、事業を考える側が整理しておくとよい点を挙げます。法律上の判断は、所管の窓口に確認してください。
- 組換えDNA技術を使うか。入れる遺伝子の由来はどこか。
- 最終製品に、組換え体(菌体)やDNAが残るか。
- 作る成分は、非タンパク質か、タンパク質か。精製の程度と、タンパク質の検出の有無。
- 製品を、添加物として売るのか、食品(食品原料)として売るのか。
- 比較できる従来品があるか。それは何か。
- 外国での認可や、食品としての利用の状況。添加物の指針も食品の評価基準も、この情報を求めています。
- 使用形態。L-エルゴチオネインの評価は、使用形態が現行と同等である場合に限られていました。
事業の進め方については、発酵によるバイオものづくり事業、着手前に確認すべきことも参考になります。
まとめ
日本の制度に、「精密発酵」という区分はありません。組換えDNA技術を使う場合は、消費者庁の安全性審査と、食品安全委員会の評価が関わり、道筋は、添加物か食品か、組換え体が残るか、非タンパク質で高度に精製されているか、で分かれます。
確認できた評価例は、非タンパク質のL-エルゴチオネイン(2026年3月)と、タンパク質性の酵素(2025年11月)です。精密発酵で作る、食品としてのタンパク質成分を審査した例は、確認できていません。どの道筋になるかを決める規定も、読んだ資料にはありませんでした。
この記事で言えることは、制度が使う軸と、実例が確認できる範囲です。言えないことは、特定のタンパク質成分が、どの道筋を通り、いつ売れるようになるかです。細胞培養食品の議論は別に進んでおり、ガイドラインの内容が固まるかどうかが、今後の確認点です。
参照資料
- 食品衛生法(昭和22年法律第233号)第4条、第7条、第13条. e-Gov法令検索(法令API). laws.e-gov.go.jp
- 消費者庁.「遺伝子組換え食品の安全性審査」(審査の対象、法的根拠、手続き). caa.go.jp
- 食品安全委員会.「遺伝子組換え微生物を利用して製造された添加物に関する食品健康影響評価指針」(令和6年(2024年)6月一部改正。目的と対象、原則、別添). fsc.go.jp
- 食品安全委員会.「遺伝子組換え食品(微生物)の安全性評価基準」(平成20年(2008年)6月26日決定。定義、対象、第3章). fsc.go.jp
- 食品安全委員会.「DN-E4株を利用して生産されたL-エルゴチオネイン」評価書(案)(令和8年(2026年)1月)と評価書詳細ページ(要請日、結果通知日、根拠). fsc.go.jp
- 厚生労働省健康・生活衛生局食品監視安全課 事務連絡.「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査を経た旨の公表について」(令和7年11月28日。NGX株を利用して生産されたキシラナーゼ). mhlw.go.jp
- 消費者庁.「令和7年度第5回食品衛生基準審議会新開発食品調査部会」(2026年2月5日。細胞培養食品(仮称)が議題であること). caa.go.jp