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考察

米国のバイオエコノミー政策は、気候から安全保障へ軸足を移した

米国は2022年、気候・持続可能性を掲げてバイオ製造の国家戦略を打ち出しました。しかし2025年、その大統領令は撤回されています。目的(国内バイオ製造能力の構築)は変わらないまま、根拠と主導部門が気候政策から国家安全保障へ移った経緯と、現在の政策の中身を整理します。

米国の国旗と発酵タンク、国防関連施設を組み合わせたイメージ

「欧州はEUDRCBAMのように規制でバイオエコノミーを動かしている」——本サイトでもこの構図を何度か扱ってきました。では米国はどうでしょうか。実は米国も2022年、バイオ製造の国内強化を掲げる大統領令を出しています。ところがこの大統領令は2025年に撤回され、政策の看板が掛け替えられました。「国内でバイオ製造能力を持つ」という目的自体は米国内で一貫しているのに、なぜ看板が変わったのか。その変化から、政策の根拠と実装手段を分けて読む視点を整理します。

2022年:気候・持続可能性を掲げた国家戦略

2022年9月、バイデン政権は大統領令14081号「Advancing Biotechnology and Biomanufacturing Innovation for a Sustainable, Safe, and Secure American Bioeconomy」に署名しました。名称が示す通り、この大統領令は気候変動対応・サプライチェーンの強靭化・持続可能性という文脈でバイオ製造の国内強化を位置づけたものです。これを受けて発足した「National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative」は、健康、気候変動、エネルギー、食料安全保障、農業、サプライチェーン強靭化を横断する取り組みとして設計されました。

2025年:撤回と、その理由

2025年3月14日、トランプ政権は大統領令14236号により、この2022年の大統領令を撤回しました。ホワイトハウスが同日付で公表したファクトシートは、撤回理由について「環境政策を名目に、連邦資源を急進的なバイオテクノロジー・バイオ製造の取り組みへ流し込んでいた」という趣旨の説明をしています。ここで撤回されたのは「バイオ製造を国内で強化する」という目的そのものではなく、その目的を気候・環境政策として説明する枠組みだった点に注意が必要です。

2026年時点:安全保障・国防が主導する枠組みへ

2026年時点で確認できる米国の政策の中心は、国家安全保障の文脈へ移っています。政権が公表した国家安全保障科学技術戦略は、バイオテクノロジー(バイオ製造・バイオプロセッシングを含む)を、AI・量子技術と並ぶ「米国が主導権を握るべき」3分野の一つとして位置づけています。

実装面では、国防総省(DoD)が2021年以降バイオ製造へ累計約9.65億ドルを投資しており、官民パートナーシップ「BioMADE」には2023年に予算上限が4.5億ドル引き上げられました。DARPA(国防高等研究計画局)の生物技術部門も、先端バイオ製造を関心領域の一つに位置づけています。農務省(USDA)はDARPAと連携し、「Farm, Food, and National Security Act of 2026」に基づいてUSDA内に新設されるBiotechnology Policy Officeを通じて、研究開発・規制・商業化・貿易にまたがる取り組みを調整する体制を進めています。あわせて、関税政策による製造業の国内回帰(リショアリング)の流れの中で、大手製薬企業が米国内でのバイオ製造設備投資を表明する動きも出ています。

目的は変わらず、根拠と実装手段が変わった

2022年と2026年を比べると、「国内でバイオ製造能力を持つ」という目的は一貫しています。変わったのは、その目的を正当化する根拠(気候・持続可能性 → 国家安全保障・経済安全保障)と、主導する省庁・実装手段(保健・環境関連省庁が前面に出た包括的イニシアチブ → 国防総省・DARPA・USDAによる個別の予算・組織措置)です。これは、政権交代によって政策の看板が変わっても、産業基盤としてのバイオ製造への関心自体は超党派的に維持されているとも読めます。実際、複数の政策専門家が「前政権の取り組みを撤回した後も、国内バイオ製造基盤の強化自体は引き継ぐべきだ」という趣旨の提言を出しています。

日本への示唆——政策の看板ではなく実装手段を見る

米国の事例は、「政策の名称や上位方針が変わった=取り組み自体がなくなった」と単純に読むことの危うさを示しています。バイオエコノミー関連のニュースを追う際は、大統領令や国家戦略といった上位の看板だけでなく、実際にどの省庁がどの予算措置・調達・規制を動かしているかという実装レベルを確認する必要があります。日本企業にとっては、米国向けのバイオ製造関連投資・提携を検討する場合、国防・経済安全保障の文脈で説明できる案件の方が、現時点では政策的な追い風を受けやすい可能性がある、という含意も読み取れます。

まとめ

米国のバイオエコノミー政策は、2022年の気候・持続可能性を掲げた大統領令が2025年に撤回され、2026年時点では国防総省・DARPA・USDAが主導する国家安全保障の文脈へ軸足を移しています。「国内でバイオ製造能力を持つ」という目的自体は一貫しており、変わったのは根拠と実装手段です。政策を読む際は、看板の変化と実装手段の変化を分けて確認することが必要です。

参照資料

  • Federal Register.「Request for Information; National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative」(2022年12月20日). federalregister.gov
  • National Law Review.「President Trump Revokes 2022 EO Advancing Biotechnology and Biomanufacturing」(2025年). natlawreview.com
  • U.S. Government Accountability Office.「Defense Industrial Base: DOD Efforts to Develop Domestic Biomanufacturing」. gao.gov
  • Center for a New American Security.「Make America the Biopower」. cnas.org

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