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考察

水田の中干し延長のJ-クレジットは、何を認証し、何を保証しないのか——AG-005の読み方

水稲の中干し期間を延長して得るJ-クレジット(方法論AG-005)は、方法論に従って算定された排出削減量を、クレジットとして認証します。適用条件の中核は、直近2か年以上の平均より7日以上の延長で、削減量は地域・排水性・稲わらの扱いで決まる既定の係数から算定されます。実測のメタン量、収量、農家の収入、環境価値の全体は保証しません。農林水産省の2026年7月付の資料に即して整理します。

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中干し延長のJ-クレジットで、認証される排出削減量と、保証されないものを分けて示した図

「田んぼの水を抜く期間を延ばすと、メタンが減り、J-クレジットが得られる」。この説明は、ほぼ正しいのですが、「何が認証されるのか」を言い切っていません。J-クレジットが認証するのは、方法論AG-005に従って算定された、温室効果ガス(メタン)の排出削減量です。その適用条件の中核に、直近2か年以上の平均より7日以上の中干し延長があります。ただし、認証された削減量は、田んぼから出たメタンを測った量そのものではなく、収量や農家の収入を約束するものでもありません。農林水産省の2026年7月付の資料に即して、認証される範囲と、されない範囲を分けます。

中干しとメタンの関係

中干しは、稲の栽培中に、出穂の前に一度、田んぼの水を抜いて田面を乾かす作業です。農林水産省の資料は、稲が過剰に枝分かれして実の入りが悪くなるのを防ぐための作業だと説明しています。

田んぼから出るメタンは、土の中の有機物や、肥料として入れた有機物が、酸素のない状態でメタン生成菌に分解されて生まれます。水を抜く期間を長くすると、土が酸素のある状態になる期間が延び、メタン生成菌の働きが抑えられます。

農林水産省の資料によると、日本の農林水産分野の温室効果ガス排出は、2024年度で4,638万トン(CO2換算)です。このうち稲作は1,184万トンです。農業分野のメタンの内訳でも、家畜由来が大半を占める諸外国と違い、日本は稲作の割合が高いと、同じ資料は説明しています。

適用条件の中核は「7日以上の延長」

J-クレジットは、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が認証する制度です。方法論は、技術ごとに、適用条件、排出削減量の算定方法、モニタリング方法を定めたものです。AG-005「水稲栽培における中干し期間の延長」は、2023年4月に方法論として追加されました。農林水産省は、中干しの期間を直近2か年以上の平均より7日間以上延ばし、所定の審査を受けると、削減量分のクレジットの認証を受けられると説明しています。農林水産省の資料から、適用の条件を整理します。

  • 7日以上の延長。 中干しの期間を、その水田の直近2か年以上の実施日数の平均より、7日間以上延ばすこと。
  • 連続していること。 取水口を閉じ、排水口を開けた状態を、連続して延ばす必要があります。途中で一時的に取水口を開けたり、延長を複数回に分けたりすることは認められません。中干しの途中で差し水をすると、その時点で中干しは終了したとみなされます。
  • 出穂の前であること。 播種直後などの落水は、中干しとは数えません。
  • 環境社会配慮。 関係法令を守ることが求められます。特別な取り組みは必要なく、申請者は誓約書を出します。

証明には、記録が必要です。

  • 取り組む前の、直近2か年以上の中干し日数の記録(生産管理記録)
  • 延長した年の、中干しの開始日・終了日・日数と、出穂日の記録
  • 記録が実態と合っていることを客観的に確認できる証跡(写真など)

過去の記録がない場合の扱いは、はっきりしています。資料は、まず2年間記録を取り、それを基準にして、延長せずに実施するよう求めています。記録がないまま延長に取り組むと、過去と比べて延ばした事実を示せないため、クレジットの対象になりません。

すでに延長に取り組んでいる水田については、資料は「基本的に制度の対象にならない」という考え方を示しています。この制度は、これまで削減に取り組んでいなかった人に、取り組みを始めるきっかけを与える制度だからです。ただし、延長の日数に基準を設けることはできないため、直近2か年の平均より7日以上延ばせば、適用できます。

クレジットが得られる期間(認証対象期間)は、最大8年です。

追加性の扱い。 クレジット制度では、通常「その活動がなくても起きたのでは」という追加性を確かめます。AG-005は、追加性の評価を不要としています。理由として、中干しを延ばすと根の傷みや冷害で収量が減るリスクがあり、農家は営農上の目的以上には延ばさない、という「一般的な慣行の障壁」があるためと説明されています。

削減量は、実測ではなく既定の係数で決まる

認証される排出削減量は、方法論が定める次の算定方法で求めます。

  • 水稲の作付面積に、国の温室効果ガスインベントリ報告書に定められたメタンの排出係数(面積あたりの排出量)を掛けます。
  • 係数は、水田の所在地域、排水性、稲わらや堆肥など施用した有機物の量によって決まります。
  • その30%を、削減量とします。この30%は方法論に規定された一定の値で、延長した日数の多少では変わりません。

つまり、認証される排出削減量は、その水田から実際に出たメタンを測って求めたものではなく、方法論に従って算定した量です。モニタリングの項目は、作付面積、地域、排水性、水管理、有機物、延長の有無です。メタンの測定は入っていません。

係数の表から、同じ「7日延長」でも、条件によって認証量が大きく違うことが分かります。排水性が十分によく、前の作の稲わらを9割以上すき込んだ場合と、排水不良の場合の削減量(t-CO2相当/ha/年)を、農林水産省の表(2026年4月更新のインベントリ反映版)から抜き出します。

地域排水性が十分によい(4時間排除)排水不良
北海道2.17.1
東北3.77.4
北陸3.65.6
関東1.52.3
東海・近畿1.44.1
中国・四国1.74.1
九州・沖縄0.91.4

稲わらも堆肥も入れない場合は、さらに小さくなります。たとえば、東北で排水性が十分によい水田は0.7、九州・沖縄は0.1です。稲わらを9割以上すき込むか、堆肥を1トン/10a以上入れるかで、値が切り替わります。稲わらを持ち出して飼料に使えば、その分、認証量は小さくなります。稲わらの扱いについては、農業残渣は土に還すべきか、飼料・エネルギーに回すべきかも参考になります。

排水性は、日減水深(1日に田面の水位が下がる深さ)を実測して決めます。実測は、1人の取組実施者が管理する水田のうち1か所で、開始年に1回です。実測しない場合は、3つの条件のうち、最も削減量が小さい値で計算します。なお、最小になるのは、表の「排水性が十分によい」の列とは限りません。地域によっては、もう一つの条件(日排除)の値が最小です。

この表の数字は固定ではありません。資料は、係数が毎年の最新のデータに応じて若干変わると書いています。実際、同じ農林水産省の2025年3月付の資料は、同じモデルケース(排水性が十分によく、稲わらを全量すき込む)の試算を、1トン1万円で売れた場合に地域により10aあたり1,100円から4,000円としていました。これをha当たりの削減量に直すと1.1トンから4.0トンです。2026年版の表では0.9トンから3.7トンです。同じ条件でも、認証される量は、係数の更新で動きます。

資料は、1ヘクタールあたりのクレジット発行量を、排水性が十分によく、稲わらを全量すき込む場合で約3.7トン(東北)と示しています。1トンあたり5,000円で売れた場合の試算として、10aあたり450円から1,850円としています。手数料などは含みません。

認証が保証しないもの

ここまでの整理から、認証が保証しないものを、資料の記述に即して並べます。

実際に減ったメタンの量。 認証量は、係数とあらかじめ定めた30%で決まります。この数字は平均的な効果を想定したもので、その田んぼで実際に減った量を測ったものではありません。

収量の維持。 資料は、農研機構の栽培試験(全国8県)の結果として、中干しを延ばすと、地域によっては増収もあるが、平均で3%程度の減収が報告されたと書いています。一方で、品質は向上したという報告もあるとしています。

注意したいのは、クレジットと収量が、同じ判断で結びついていることです。土が乾きすぎて減収が見込まれるときは、ためらわずに差し水をするよう、資料自身が求めています。ところが、J-クレジットは差し水を認めません。中干しの途中で差し水をした場合は、クレジットを発行できないと、資料は説明しています。収量を守る判断をすると、クレジットは出ない、という関係があります。

食品安全。 カドミウム濃度の高い地域では、出穂前後の湛水管理が重要で、中干しは7日から10日前後にとどめる必要があるとされています。そのため、こうした地域での延長の可否は、地域の事情に応じて慎重に判断するよう、資料は求めています。

生き物への影響。 資料は、水生生物の幼生などが出る時期と重なると、生息への影響が想定されるとしています。地域全体で同じ時期に中干しをする田んぼが多いと、影響が大きくなる可能性があります。作期をずらす、中干しをしない水田やビオトープを残すといった対策が挙げられています。

農家の収入。 J-クレジットは、売って初めて収益になります。制度に参加する農家は、取りまとめ事業者に会員登録し、営農の記録を出します。認証には第三者機関の審査が必要で、費用がかかります。販売の収益は、取りまとめ事業者の手数料を引いて、農家に分配されます。手数料は取りまとめ事業者が定めるため、農家の手取りは、事業者ごとに違います。審査費用の補助は、年間100トン以上のプロジェクトが条件で、一定の規模が要ります。

環境価値の全体。 環境価値は、クレジットを売ると、買い手に移ります。そのため、売った農家は「メタンを減らした米」と表示できません。「J-クレジット制度に参加した水田の米」と表示することは、袋の米がすべて参加水田のものであれば、可能です。

買い手が何を主張できるか。 クレジットを買った企業が、報告制度や目標の中で、そのクレジットをどう使えるかは、使う側のルールで決まります。AG-005の中身だけでは決まらないため、この記事では判断しません。

バイオ炭(AG-004)と並べて読む

直近の記事で整理した、バイオ炭のJ-クレジット(AG-004)と並べると、共通点と違いが見えます。次の表のAG-004の行は、その記事の整理に基づきます。AG-004の詳しい読み方は、バイオ炭のJ-クレジットは、何を証明し、何を証明しないのかをご覧ください。

AG-004(バイオ炭の農地施用)AG-005(中干し期間の延長)
認証される行為条件を満たすバイオ炭を農地に施用する中干しを7日以上、連続して延長する
削減量の求め方既定値による炭素の貯留量の計算既定の排出係数に、一定の30%を掛けた計算
結果の実測施用後の貯留量は測らない田んぼのメタンは測らない
農業上の効果方法論の対象に含まれない方法論の対象に含まれない。収量とは緊張関係がある

bioeconomy.jpの分析。 どちらも、「条件に合う行為が行われたこと」と「既定値による見積もり」を認証しています。結果を測る制度ではなく、条件を守った行為に対して、決められた計算で量を与える制度です。この性質を知っていれば、「実際に何トン減ったのか」という問いと、「制度が何トンと認めたか」という問いを、分けて読めます。

取り組む前、買う前に確認したいこと

資料に即して、確認したい点をまとめます。

取り組む農家・地域

  1. 過去2年以上の中干し日数の記録があるか。ない場合は、まず記録を取る。
  2. 取りまとめ事業者の手数料、支払いの時期、複数年分をまとめて審査する場合の分配の頻度。
  3. 地域のカドミウムの状況と、水生生物への影響。
  4. 収量が下がりそうなときの対応。中干しの途中で差し水をした場合は、クレジットを発行できないとされている。
  5. 稲わらをすき込むか、持ち出すか。認証量が変わる。

買う企業・参加を検討する自治体

  1. プロジェクトの登録番号、認証対象期間、運営管理者。
  2. 認証量が、実測ではなく、地域・排水性・稲わらで決まる既定値であること。
  3. 自社の報告や目標の中で、そのクレジットをどう使えるか。使う側のルールを別に確認する。
  4. 農家への分配がどうなっているか。

方法論は、改定されることがあります。この記事は、農林水産省の2026年7月付の資料に基づきます。この資料は、2025年3月施行の改定(水田の地番情報の記載、排水性の測定記録に実態と合う証跡を添えること)と、2026年4月のインベントリ反映を伝えています。最新の版と改定履歴は、制度の方法論本文で確認してください。

まとめ

AG-005で認証されるのは、方法論に従って算定された排出削減量です。適用条件の中核は、直近2か年以上の平均より7日以上、連続して中干しを延長したことで、算定は、地域・排水性・有機物で決まる排出係数に一定の30%を掛けて行います。田んぼのメタンの実測や、延長の日数に応じた削減量ではありません。

保証されないものは、実際のメタン削減量、収量、品質、農家の収入、地域への価値、環境価値の全体です。農林水産省の資料自身が、平均3%の減収、カドミウム、水生生物への影響を挙げており、収量を守るための差し水をすると、クレジットは出ません。

追加性の評価は不要とされており、すでに延長している水田は基本的に対象外です。この記事では、買い手のクレジットの使い方、市場の価格の水準、認証量の累計は扱っていません。これらは、使う側のルールや、公表される実績で確認する必要があります。

参照資料

  • 農林水産省 農産局農業環境対策課.「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度について」(令和8年7月。方法論の概要、適用条件、算定の考え方、条件別の削減量、留意点). maff.go.jp
  • 農林水産省関東農政局.「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度について」(令和7年3月付。方法論が令和5年4月に追加されたこと、2025年時点のモデルケースの収益の試算). maff.go.jp

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